東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2411号 判決
被控訴人は、芥子富造は昭和二十八年十月頃その代表権の行使を他の取締役香田信次に委任したから、これによつて代表権を失つた、少くともそれは代表権の制限に当るから、これを悪意の控訴人に対抗することができると抗弁する。芥子富造が病気入院中その代表取締役としての権限を香田信次に代行させていたことは冒頭引用の原判決理由中に示すとおりであるけれども、それは当然に代表取締役の代表権の喪失ないし制限を来すものではない。代表取締役を定めるには取締役会の決議によることを要するから(商法第二百六十一条第一項)、単に現任代表取締役と他の一人の取締役との合意のみによつて代表取締役を変更し従来の代表取締役の代表権を喪失させることは法律上許されない。又代表取締役が自己の意思のみにより、又は他の特定の取締役との合意によつてその代表権に制限を設けこれを第三者に対抗することもまた法の認めないところである。代表取締役が病気その他の支障のため他の取締役に代表権の行使を任意代行させることは法の禁止するところでないけれども、それは当該代表取締役の権限と責任に基き、代表取締役自身の権限行使の方法としてなされるものであつて、この場合は代行者の行為はすなわち本来の代表取締役の行為として効力を生ずるに過ぎず、これにより代表取締役自身の代表権はなんら制限されるものではない。従つて右代行者を置きながら一方で代表取締役自身が会社を代表してある行為をした場合もその行為は会社に対して効力を生ずる。そのことはたとえ右権限の代行を委任した代表取締役が手形振出等の特定の行為を自らは行わない旨を内部的に代行者との間に約定していた場合でも同様であつて、第三者に対する関係では、代表取締役の代表権の行使はこれによりなんら妨げられることがない。本件においては、被控訴人は、芥子富造がその代表権の行使を香田信次に委任したというに止まり、それが取締役会の決議を経たものではなく、定款又は株主総会の決議によるものでもないことは被控訴人自身の認めるところであるから、これにより芥子富造の代表権の喪失ないし制限を来すことはないのであつて、相手方の善意悪意を論ずるまでもなく、この点に関する被控訴人の抗告は採用の余地がない。
(川喜多 小沢 位野木)